ドラフト会議1965年(2)
有力新人たちにとってドラフト制度が面白くないと思ったのは、やはり金の
問題だろう。ドラフトがはじまるに当たり、契約金の上限が約1300万円と
検討された。ある選手は前年大学を中退してプロ入りする予定であったが、
その時の契約金は3000万円だったという。それをとどまったため、多額の
契約金をもらい損ねたわけである。おまけに自由競争時代と違って好きな
球団に入れる保障もない。ドラフト初期に入団拒否の選手がかなり多いのは、
こういった背景があったものと思われる。
さらには「ドラフト制度など3年もあればつぶれる。」と、ドラフト制度自体
が長続きしないと予想する声も多かった。だからそれまでプロ入りを渋ろうと
いう選手も結構いた。
だが、ドラフト制度により上限が定められることになったといっても、実際
にはそう簡単ではなかったようだ。抽選で引き当てた有望新人が必ずしも
入団してくれるとは限らない。ここからまた勧誘するのでは遅すぎる。だから
指名前に前もって先手を打ち、あの手この手で選手を勧誘しなければならない。
そのため多額の裏金が動くことが懸念された。
そのほかにも「うちの球団に入ってから、その後君の希望する球団とのトレード
を考える」といって入団させた例もあるのではないかとされる。
この年のプロ野球は各球団大物選手のトレードが話題になったので、
(阪神・吉田、藤本、巨人・伊藤、西鉄・バーマなど)そこへ
ドラフトが絡み、有望新人と大物選手のトレードも有り得るとの見かたも
あった。
このドラフトはそもそも球団経営の合理化が目的。このほど球団の登録
選手を50人以内にすることが決まった。人件費削減だ。1チーム60人
ぐらいこれまでプロに登録されていたため、1チームで約10人がクビになる
計算になる。おまけにドラフトで新人選手が入団するわけだから、さらに
また数人のクビが危うくなる。
問題だろう。ドラフトがはじまるに当たり、契約金の上限が約1300万円と
検討された。ある選手は前年大学を中退してプロ入りする予定であったが、
その時の契約金は3000万円だったという。それをとどまったため、多額の
契約金をもらい損ねたわけである。おまけに自由競争時代と違って好きな
球団に入れる保障もない。ドラフト初期に入団拒否の選手がかなり多いのは、
こういった背景があったものと思われる。
さらには「ドラフト制度など3年もあればつぶれる。」と、ドラフト制度自体
が長続きしないと予想する声も多かった。だからそれまでプロ入りを渋ろうと
いう選手も結構いた。
だが、ドラフト制度により上限が定められることになったといっても、実際
にはそう簡単ではなかったようだ。抽選で引き当てた有望新人が必ずしも
入団してくれるとは限らない。ここからまた勧誘するのでは遅すぎる。だから
指名前に前もって先手を打ち、あの手この手で選手を勧誘しなければならない。
そのため多額の裏金が動くことが懸念された。
そのほかにも「うちの球団に入ってから、その後君の希望する球団とのトレード
を考える」といって入団させた例もあるのではないかとされる。
この年のプロ野球は各球団大物選手のトレードが話題になったので、
(阪神・吉田、藤本、巨人・伊藤、西鉄・バーマなど)そこへ
ドラフトが絡み、有望新人と大物選手のトレードも有り得るとの見かたも
あった。
このドラフトはそもそも球団経営の合理化が目的。このほど球団の登録
選手を50人以内にすることが決まった。人件費削減だ。1チーム60人
ぐらいこれまでプロに登録されていたため、1チームで約10人がクビになる
計算になる。おまけにドラフトで新人選手が入団するわけだから、さらに
また数人のクビが危うくなる。





